由緒
御祭神
素盞嗚尊
スサノオノミコト
素盞嗚尊は、日本神話における英雄神・農耕神であり、疫病や災厄を払い除ける御力を持つ神様です。八坂神社(祇園社)の総本社・京都の八坂神社をはじめ、全国の祇園社・八坂神社でお祀りされています。
神社の由緒
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建久五年(1189年)創建
治五年(一一八九年・平安)六月七日、後の高森城主となる伊沢家景が京都の祇園から勧請、岩切村余目に鎮座し、神田二十石の地を治めた歴史ある神社として知られている。その後、同村台ヶ原頂上に座して天王山と称したが、戦国天正の頃より社殿が荒廃し、祭事を欠くに至った。
藩主伊達政宗は寛永年中、天王山より現在の地に遷宮し、祭田二石の地を寄進して厚く祭事を行う。神仏習合の際より祇園牛頭天王社と称したが、明治の初め現社号(仙台八坂神社)に改め、明治六年に郷社に列し、大正三年十二月に幣帛供進社に指定。明治四十三年四月、各区内鎮守社を本社に合祀した歴史を持つ。
境内図
冠川神社(かむりがわじんじゃ)
志波彦神社摂社 天正に縁起を焼失し、沿革不詳だが本社は延喜式内名神大社志波彦神社で、いつの頃か甚だしく衰微していたが、延宝三年の再建には堅石五尺横六尺の小祠になり、しかも、摂社である天王社(神仏習合の際の仙台八坂神社)と並び立つ様であった。明治四年五月十四日、官国幣社規定に当り国幣中社に列せられたが、社地が狭いため社殿造建不可なる理由により、明治七年十二月二十四日、鹽竈神社へ遷座。明治十年三月三十一日、官許を得て志波彦神社分霊を岩切村の旧社に奉遷して、冠川神社と称し、国幣中社(志波彦神社鹽竈神社)の摂社に指定された。
- 御祭神
- 志波彦大神(シワヒコノオオカミ)
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牛頭天王像
八坂神社の起源にゆかりのある像
